漢字↑

IPA
  • 1.bʰuɑk
????
  • 1.buak
??
  • 1.傍各切
  • 2.
  • 3.入声
  • 4.
???
  • 1.
????
  • 1.入19鐸
  • 2.形声#1
  • 3.会意#2#3
  • 4.ハク
??
  • 1.
????
  • 1.⿱乇
??
  • 1.
  • 2.
  • 3.合口一等韻
  • 4.
  • 5.
  • 6.
???
??
  • 1.
  • 2.
表示
  • 1.U+4EB3
  • 2.亳
???
亳の熟語

??↑

とは別(??)

國名春秋時陳地漢爲沛之譙縣魏爲譙郡晉爲南兖州齊爲亳州(??)

殷の湯王の都したる地、今の河南省歸德府商邱縣の地、之を南亳と爲す、後に西亳に遷る、河南省河南府偃師縣の地。(?????)

京兆杜陵亭也。*1从高省。乇聲。*2(?????)

????↑

京兆の杜陵亭なり、高省に従ひ、乇を聲とす。(???)

書体↑

  • 楷書
  • 行書
  • 草書

参考文献:::亳↑

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注解
*1六國表。湯起于亳。徐廣曰。京兆杜縣有亳亭。錢氏大昕史記攷異曰。殷本紀。湯始居亳。皇甫謐曰。梁國榖熟爲南亳。湯所都也。立政三亳。皆非京兆之亳亭。秦本紀。寧公二年遣兵伐蕩社。三年與亳戰。亳王奔戎。遂滅蕩社。徐廣云。蕩一作湯。社一作杜。皇甫謐以爲亳號湯。西夷之國。又云。周桓王時自有亳王號湯。非殷也。封禪書于杜亳有三杜主之祠。葢京兆之亳。乃戎王號湯者之邑。徐廣以爲殷湯所起。其不然乎。然此篇稱作事者必於東南。收功實者常於西北。乃述禹興西羌、周始豐鎬、而及湯之起亳。則史公固以關中之亳系之湯矣。按許不言三亳、而獨言杜陵亳亭者。正爲其字从高。則以此亭當之也。然十里一亭者秦制。亳亭之名秦漢乃有之。亳之字固不起於亭也。以解字爲書。不得不有涉於皮傅者。
*2旁各切。五部。古亦借薄爲之。如禮記薄社北牖。
備考
#1???乇(????)
#2高の省文(上部)+乇(たく)。高の上部は建物の形、乇は草などがものに寄りつく形。(??)
#3京または高(高い土台上の建物)の略体+住宅の宅の略体。高い丘の上につくった人々の定着する都のこと。(???)
#4韻字は藥(??)

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