呂望非熊(巻之一)
原文
六韜曰。
文王将㆑田。
史編布㆑卜曰。
田㆓於渭陽㆒。將㆓大得㆒焉。
非㆑龍非㆑彲。非㆑虎非㆑羆。兆得㆓公侯㆒。
天遺㆓汝師㆒。以㆑之佐㆑昌。施及㆓三王㆒。
文王曰。
兆致㆑是乎。
史編曰。
編之太祖史疇。為㆑舜占得㆓皐陶㆒。兆比㆓於此㆒。
文王乃齋三日。田㆓於渭陽㆒。卒見㆓太公坐㆑茅以漁㆒。
文王勞而問㆑之。乃載與歸。立為㆑師。
舊本非熊作㆓非羆㆒。疑流俗承㆑誤。後世莫㆑知㆓是正㆒耳。
按後漢崔駰逹旨辭曰。
或以㆓漁父㆒見㆓兆於元龜㆒。
註曰。
西伯出獵。卜㆑之曰。所㆑獲非㆑龍非㆑螭。非㆑熊非㆑羆。所㆑獲覇王之輔。
所謂非熊蓋本㆓諸此㆒。
書き下し文
六韜(りくとう)に曰(い)ふ。
文王、将に田(かり)せんとす。
史編(しへん)、卜(ぼく)を布(し)ひて曰く、
渭陽(いよう)に田(かり)せば、将に大(おほ)ひに得ん。
龍に非ず、彲(みづち)に非ず、虎に非ず、羆(ひぐま)に非ず、兆(ちょう)、公侯(こうこう)を得ん。
天、汝(なんじ)に師を遺(おく)り、之を以て昌(しょう)を佐(たす)け、施(し)ひて三王に及ばん、と。
文王曰く、
兆(ちょう)、是れを致すか、と。
史編曰く、
編の太祖(たいそ)史疇(しちゅう)、舜の為に占ひて皐陶(こうよう)を得たり、兆、此れに比す、と。
文王、乃ち斉(さい)すること三日(さんじつ)、渭陽(いよう)に田(かり)し、卒(つひ)に太公(たいこう)の茅(ぼう)に座し以て漁(ぎょ)するを見る。
文王、労(ねぎら)ひて之を問ひ、乃ち載せて与(とも)に帰り、立てて師と為す。
旧本に、非熊(ひゆう)を非羆(ひひ)に作る、疑ふらくは、流俗(りゅうぞく)誤りを承(う)け、後世是正するを知る莫きのみ。
按ずるに、後漢崔駰(さいいん)の達旨(たっし)の辞に曰く#1、
或ひは漁父以て、兆を元亀(げんき)に見はす、と。
注に曰く、
西伯(せいはく)出猟(しゅつりょう)す、之を卜(ぼく)して曰く、獲る所は龍に非ず、螭(みづち)に非ず、熊に非ず、羆に非ず、獲る所は、覇王の輔ならん、と。
所謂非熊(ひゆう)は蓋し諸(これ)を此に本づくならん。
現代語訳
六韜にいう。
文王が狩猟に出かけようとした。
史編が占って言った。
渭陽(いよう)の地に狩をすれば、大いに得るものがありましょう。
それは龍でも彲(みずち)でもなく、虎でも羆でもなく、占いには公侯たるに相応しい人物を得るとあります。
天があなたに師たる人物をおくり、これを以てあなたを補佐し、その恩恵は三代に及ぶでしょう、と。
文王が言った。
本当にそんなことがあるのだろうか、と。
史編が言った。
私の太祖である史疇(しちゅう)は、舜のために占って皐陶(こうよう)を得ましたが、この結果はそれと同じでありましょう、と。
文王は三日にわたって身を清め、然る後に渭陽(いよう)の地に狩りを行い、ついに太公望が茅葺(かやぶ)きに座して釣りするを見つけた。
文王は労(ねぎら)ってこれに問い、御車に載せて共に帰り、立てて師とした。
旧本に、非熊(ひゆう)を非羆(ひひ)に作るは、おそらく世の人々が誤りをそのまま受け継いで、真偽を明らかにしてこなかったせいであろう。
思うに、後漢の崔駰(さいいん)の達旨(たっし)の言葉にいう、
あるいは釣り人の身を以て、用うべきの兆候を占の大亀にあらわした、と。
その注にいう、
文王は出でて狩りせんとし、これを占って曰く、獲る所は龍に非ず、螭(みづち)に非ず、熊に非ず、羆に非ず、獲る所は、覇王の輔ならん、と。
いま非熊に改めるはここに本づくのである。
- 備考
- #1達旨は書名、または篇名。